日々是好日人のダベリ

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仕事とは・・楽しく素晴らしい!

人間としてこの世に生れて来て、毎日元気にいろいろな仕事をさせて頂いていることに感謝をしております。論理的・科学的には証明はできませんが、人間はあの世(霊界)から魂がこの世に人間の肉体を借りて生を受け、いろいろな修行をして、又霊界に帰るというのが一般的に言われておりますが、私もつくづくそのように思っております。基本的には人間は一人では生きては行けない。いろいろな人とかかわり合って、そこにいろいろな問題が生じ、問題を解決したりされたりしつつ、修行と言われる経験を積みながら一生を終えるのでしょう。例えば、この世に生まれると親との出会い・かかわり。学校に行くと友達先生との出会い。就職すると職場・得意先とのかかわり。結婚すると結婚生活・家庭家族とのかかわり。勿論それに付随して社会・地域とのかかわり。このようにいろいろな人々とのかかわり・出会いを通しての生活の毎日で、ストレスもたまる事での精神面からの疾病などいろいろな問題が派生してきます。この各場面で、どのように立ち向かって行ったら良いか私は、物事を良いようにプラス思考の考え方と感謝する心が大切だと思います。又、各場面をそれぞれ仕事と考えて、『仕事』の字句を分解しますと『お仕えさせていただく事』と解釈できます。物事を謙虚にすすめ、相手が喜んでいただく事を自分の喜びと思えるようになれば、楽しくて充実した生活を送ることが出来るでしょう。わが社の『経営理念』にも、時代・時代の企業・人々の要望される資材・サービスを供給して喜んで頂き、共に喜び、喜びを幸福と思い社会に貢献したい。・・とあり、勿論、顧客が喜んで頂くことが会社の存立には大前提である。喜んで頂くことが幸せにつながり感謝の気持ちも湧いてくる。地域のボランティアの仕事も同じことで、社会福祉や少年補導のお役でお年寄り・子供たちの為に各種行事を通じて楽しく喜んで頂くことが出来たなら、お世話方にも何倍にもはね返って達成感と成功体験としてインプットされる満足感で、疲れも吹き飛んで日頃のストレスも解消する事でしょう。仕事とはこの世に生を受け死ぬまで人と人のかかわりあう中で、相手を思いやり喜んでもらえる事をさせていただき、喜びの連鎖反応に幸福を感じる素晴らしい『仕事』の意味をこの言葉の中に見つけたのですが・・・。
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少年を取り巻く諸問題!

昭和28年5月に京都市に少年補導委員会が誕生して今年で55周年目となり9月28日に記念式典が行われました。一部では、少年育成に永年にわたり関わってこられた個人・団体の方々への顕彰・感謝状・表彰状の贈呈があり二部では、少年問題シンポジュウム[子育て・子育ち・親育ち]のテーマでコーディネーター藤岡・京産大教授とパネリスト五人を交えてのシンポジュウムでした。私見も入れてまとめてみます。委員会が誕生した昭和28年は、戦後の一番子供が多い団塊の世代のときで教室が足りなくて社会問題となっていました。テレビ・電話もまだ一般には普及しておらず、自動車もあまり走ってなかった時代で、学校の先生も厳しくてふざけて先生の注意を聞かないときは、教室の外の廊下で水いりバケツを持って立たされたり、先生が持っているT定規や指示棒の教材で体罰めいたこともされました。家庭でも、親は子供が嘘をつこうものなら箒や竹尺でよく叩かれました。又、街中や町内では、大人たちは子供たちが危ない事や喧嘩やいじめをしていたらよく叱られたものでした。今思えば他人の子供でもお構いなく、子供は地域の人達が育てるものと言えるような雰囲気があったように感じられました。現在では、家庭・学校・地域で子供を叱ることは見かけなくなりましたが・・。家庭環境も最近では、両親の離婚が多く父子・母子家庭が増加傾向にあり、経済的にもしつけ的にも問題が出て来ているように思います。携帯電話の出現でいろいろ便利な反面、有害な情報での汚染化やブログでのいじめは子供たち側の問題として、親達も外の親達とは子供たちの事での相談も出来るだけ携帯・パソコンのメールが大はやりで、出来る事なら直接人とかかわらずに又、出来るだけ気のおけるおつきあいも避けられているそうです。親達も、子供が出来て子育てをしながら親も一緒に子供を前に、いろいろ悩みながら育っていくのですがその上に、子供を育てて行くのに親達のつながりと町内を始め、地域がかかわって、体育振興会・少年補導委員会・消防分団・福祉協議会などへと広がって行き、そこでは職業や年齢は関係なく人間として強弱はありますが潜在的に持ち合わせているボランティアという自治意識が覚まされて、少年補導をはじめ各種団体も各委員としての自覚を頂いて、このように55年という永く存続して来ているのであろう。京都では全国に先立ち明治の初めに番組小学校を地域の人たちが自分たちでお金を出し合い小学校を建て、先人の教育に懸けた心意気は立派な事であったと思います。このDNAを引き継いでいる私たちも、これからの少年を取り巻く状態も、少年たちの為に、学校がPTA・地域の力(人材)を頼り、家庭も少子化核家族という家族制度が変遷して家族の機能が果たせなくなってゆけば、それを補完する最終の役割は、地域住人の自治意識を如何に高揚してゆき地域の住人としての親を育てて、老若住人、お互いに混じりあった活力のある地域づくりが大切なことだと思いました。

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